出逢いは唐突、やり方は強引




私はしがない推理小説家。
大御所でなければ若手でもない、いわば中堅小説家。
珍しいのは“有栖川有栖”という100%ペンネームに間違われる本名だけ。
名前負けもいいとこだ。

私は、〆切と格闘する毎日を送っている。







そんなある日・・・







ピンポーン





「はーい。」



そう、このチャイムに出たのが間違いだったんだ。



ドアを開けた先にいたのは、明らかにヤク・・・もとい暴力団関係の人。
身に着けてる物はセンスの良い物ばかりだけど、組み合わせでその筋の人の雰囲気を醸し出している。

ヤク・・・もとい暴力団関係の人は、掛けていたサングラスを外しながら、ニヤニヤと笑った。
サングラスは、ノンフレームでレンズは茶色のグラデーション。
やはり、これだけ見ればセンスがいいのだが、他の衣類との組み合わせで品のない物に見えてしまっていた。



「よう、アリス。迎えに来てやったぜ。」



サングラスを取った彼の顔は、目鼻立ちのはっきりした顔だった。
けして強面なわけでなく、だからといって表社会で堂々と働いているようには到底思えなかった。

私はその時、正直言って彼の顔に惹かれていた。
初めて見るような、それでいて懐かしいようなその顔に、何故が親近感を覚えていた。




「・・・俺、ヤミ金に手ぇ出してませんけど。」




恐る恐る答える私に、彼は言い放った。




「当たり前だ。誰がお前を商売客にするか。」




・・・そうだよな。


私には、ヤミ金のお世話になった記憶はない。
私は善良な、かつ勤勉で計画性のある―自分で言うのもどうかと思うが―一般市民なのだ。



じゃあ、一体なんだというのだ。

ヤクザに迎えに来られる程、偉くなった覚えはない。

すると、彼はもっと意地の悪い笑みを浮かべる。
悪戯に成功した子供の様な、笑顔だった。







「お前は俺の嫁になるんだよ。」







「・・・はぁ?」



「“はぁ?”じゃねぇよ。お前は俺の嫁になるんだ。」

私は頭を抱えた。

何を言ってるんだ、コイツ。
麻薬中毒者なんじゃないか?

私は彼の前に、人差し指を出した。

「・・・すいませんけど、もう一度言って頂けますか?」

彼はやれやれと言うように、軽く溜息を吐いた。
ズイッと、私を形の良い人差し指で指差した。

「お前は」
「俺は」

確認するように復唱する私。
彼は、私を指差していた人差し指を、彼自身に向けた。

「俺の」
「貴方の」


「嫁になるんだ。」
「嫁に・・・ってふざけるなぁぁぁぁぁ!!!!!」


私は、思わず声を荒げていた。
彼は私の声に、目を丸くしていた。

「どうした?アリス。」
「君な、初対面の相手に“嫁になれ”なんて頭おかしいんやないか?それに俺、男やし。」

どう考えてもおかしい。
初対面の、それも男に“嫁になれ”?
このヤクザ、俺をからかっているだけなんじゃないか?


私が彼をジッと睨んでいると、彼の唇が微かに動いた。


・・・初対面ね。



「あっ?」


彼は小さな声で呟いたが、私には聞き取れなかった。


「何でもない。なら、今から知り合っていけばいい。“結婚を前提にしたお付き合い”ってやつだ。」
「だから、俺は男・・・」
「性別なんて些細な事だ。なぁ、アリス。俺ん家に嫁に来いよ。」


そう言いながら、彼は私の両手を掴み自分の手で覆った。
私は、ただただ呆れるしかなかった。

「あんなぁ・・・。」

どこからともなく、やっぱりこれまた“ヤクザの下っ端”みたいな格好の男が現れた。
その男は私を一睨みすると、彼に頭を下げた。


「若、そろそろお時間が・・・。」


彼は名残惜しそうに私の手を離し、サングラスを掛けた。

「チッ。分かった、今行く。」

私がそれを見ていると、彼は私に気付いたらしく、私の顔を見て唇の端を上げた。



「じゃあな、アリス。」



彼は、素早く私の頬にキスした。




「きっ、君っっっ!!」




抗議しようと彼の方を見ると、すでにそこには彼の姿はない。


「またな。」


彼は、もうエレベーターの方へ歩き出していた。
片手を上げ、私の方へ振る。



「二度と来るな!!」



私は、思い切り彼に塩を投げつけたかったが、生憎台所の塩を切らしていた。




























街の中を走る、黒塗りのベンツが1台。
中に乗っているのは、火村英生。
関西を取り仕切る指定暴力団・火村組の若き組長である。

運転手は、先程アリスが“ヤクザの下っ端”と思っていたあの男だ。
男は、品のない笑い声を出した。


「若。冗談もキツいですよ。」
「何が?」


火村は、真剣な顔で尋ねた。


「あの有栖川って奴の事ですよ。何もパンピーの男をからかわなくても・・・」
「からかう?」
「だって、そうでしょう?」
「俺は至って本気だが?」
「ハハッ。ご冗談を。」


まだ、火村の悪ふざけだと思っている男は、ガハハと大声で笑う。
この男はよく気がつく男なのだが、笑い方が下品で好ましくない。
その上、笑い出したら止まらない。


火村は、懐に忍ばせてあった拳銃を取り出し、運転席の男の後頭部へ向けた。




「お前、俺に殺されたいのか?」




ドスの効いた声で脅すと、笑い声はピタッと止んだ。



「遠慮しときます・・・。」



火村は拳銃を懐に仕舞い、その代わりキャメルを取り出し火を点けた。







紫煙が車の天井にぶつかり、天井を這う様に広がって消えた。