世界が半回転




黒塗りの車の後部座席に押し込まれ、逃げ出そうにも火村が隣に座った為に逃げる事が困難になったアリス。
ふと窓を見ると、スモークが貼られており、いかにもな車だ、と1人で納得する。
運転席には、ヤクザには見えない―どちらかと言えばアイドルの様な―青年が座っていた。
ミラー越しに目が合うと、青年はニッコリと笑う。
車の中から見える景色は黒がかかっているが、まだ見知ったものだ。
アリスは、乗った時から窮屈さを感じていた。


「なあ・・・えっと。」

「火村。」


やはり、こいつの名前は火村だった。
だが、何故自分は名前を知っているのか。
それは疑問だったが、それよりもこの状態を何とかして欲しかった。


「なあ、火村。」

「何だ。」

「近ない?」


ドアにアリスの片腕が、ピッタリとくっ付いている。
反対側のドアの方を見れば、スペースは十分過ぎる程空いている。
我慢すれば、2人くらいは座れそうだ。


「そうか?普通じゃないか?」

「近いって。」


微かに香る自分じゃない煙草の匂い。
片腕に感じる火村の温もり。
同性なのに、緊張している自分に理解不能だ。
やはり、『嫁になれ』と言われてしまえば、いくら男同士でも意識してしまうのだろうか。

アリスは自分の事で頭が一杯で、アリスを見て嬉しそうに笑う隣人に気が付かなかった。
お互いに、しばらく会話もなくただ流れる景色を見ていた。
その間も、アリスの心臓は必要以上に波打ち、火村も締まりのない顔をしている。





突然、アリスが口を開いた。



「なあ。」

「ん?」

「俺と君って・・・」








―――何処かで、逢った?








そう言おうとした矢先、急に車が止まった。


「着きました。」


運転席の青年が告げる。
顔は可愛いのに、気が利かない奴だ。


「どうぞ。」


運転席の青年が、素早く車から降りアリス側のドアを開ける。


「あっ、ありがとうございます。」


アリスが降りると、続いて火村が降りる。
車から降りると、そこには・・・







「「「「「「お帰りなさい。」」」」」」







野太い声が、信じられないくらい綺麗に重なった。
ただ、綺麗に重なったからと言って、あまり快いものではない。
どう見ても一般人ではない男性が、庭の門から玄関までの道を頭を下げて一列に並んでいる。


「お帰りなさいませ。若、そちらの方は?」


その猛者ばかりの出迎えの中で、火村に話しかけたのは学者風の中年男性だった。
全くその筋の人には見えないが、ここにいるという事は間違いなくそうだろう。


「アリスだ。」

「貴方がそうですか。初めまして、鮫山と言います。」

「初めまして。有栖川です。」


火村による簡潔過ぎる紹介の後、鮫山はアリスに向かって深々と頭を下げた。
アリスも、それに倣って頭を下げる。




頭を下げながら、何故俺はここにいるのだろう、と今更ながら自分に問いかけた。