嘘だらけの箱の中




暗い部屋の中。
気絶していたアリスは、やっと目を覚ました。
それと同時に、自分の手首に圧迫感を感じる。
後ろ手に縛られて、いくら動いても身動きが取れない。
足も同様だった。



しばらくして目が暗闇に慣れたので、辺りを見回す。
窓のない部屋からは、何も手掛かりを掴むことが出来なかった。



ここが、どの辺りなのか見当も付かない。

何故、自分と森下が拉致されたかも分からない。



何も分からないこの状況が、ただただ怖かった。



部屋の隅に、グッタリと俯き座っている森下を見る。
手足はアリスと同じ様に、縛られていた。


「森下さん、森下さん。」

「有栖川さん、大丈夫ですか。」


森下の焦る声に、アリスは一安心した。


「俺は平気。それより、森下さんは?」

「俺も大丈夫です。慣れてますから。」


何故慣れているのかは、聞かない方が良いだろう。
この状況に似つかわしくない好奇心を、無理矢理押し込めた。


「ここ何処ですかね。」

「さあ、分かりません。位置も把握できない。」






急にドアの開く音がして、部屋の中が明るくなった。 ドアの前には、グレーのスーツを着た優男がニコニコと笑って立っていた。


「やっと、起きましたね。」


その声に反応したのは、森下だった。


「片桐か。」

「はい。森下君が僕を知っているとは、驚きですね。」

「真壁会の参謀役。関西で知らないヤツはモグリだ。」

「参謀だなんて、そんな。僕は腕力がありませんから、頭を使うしかないんですよ。」


片桐はアリスに向かって歩き、真正面にしゃがむ。


「おはようございます。ご迷惑でなければ、お名前を教えて頂けますか?僕は片桐と申します。」

「誰が教えるか。」


アリスが戸惑っていると、代わりに森下が口を出した。


「なるほど。有能なナイトをお持ちのようだ。貴方は火村組の関係者か何かですか?」

「組には関係ないただの一般人だ。彼に手を出すな。」


森下の目は、獣が威嚇する様に鋭くなる。
片桐は立ち上がり、苦笑した。
今度は、森下に問い始める。


「火村組の本邸に若様のお迎えで行き、本邸勤務の組員総出のお出迎えを受け、そして帰りは貴方の護衛。これでも、組に関係ないと仰るのですか?」


ニコニコした笑顔を絶やさず言い切る片桐とは裏腹に、森下の顔はだんだん険しくなる。


「付けてたのか。」

「そんな怖い目で見ないで下さいよ。僕だって、こんな事は不本意なんですから。」

「一体どういうつもりだ。俺はともかく、この人を傷付けたらその自慢の脳味噌撃ち抜いてやるからな。」

「怖いなあ。森下君は温厚な方だと伺ったんですけどね。使えない情報屋だな。」

「話を逸らすな。」


不機嫌になり、声が低くなる森下。
アリスは口を挟む事が出来ず、二人の会話を聞いているしかなかった。


「失礼。でもね、あまり大した事ないんですよ。ただ、火村組でも一際有能な貴方に会いたかった。それだけです。」

「惚けるな。」

「嫌だな、本当なのに。森下君にお会いしたついでに、一つ質問宜しいですか?」


顔の横に指を一本立て、口元だけに笑顔を残す。


「ウチのお嬢が、何処に行ったか知りませんか?」

「知ってるわけないだろ。・・・おい、まさかその為に拉致ったんじゃないだろうな。」

「拉致だなんてそんな。ただ、ご用件はそれだけですけどね。」


笑みを崩さない片桐に、森下は思わず溜息を吐いた。


「真壁組はそんなに暇なのか?いくら組長の娘だからって、家出娘の為に他のところの組員拉致るなんて。」

「仰りたい事はごもっともです。でも、僕は組長の手足となるしかないんです。しがない中間管理職ですからね。」


片桐は再度アリスに歩み寄る。
それにしたがって、森下の顔もまた険しくなった。
片桐は森下からの痛い視線を感じながら、しゃがんでアリスを手首の縄をほどいた。


「貴方が、一番とばっちりを受けてしまいましたね。すいません。」


アリスは俯き、手を開いたり閉じたり数回動かした後、片桐の頬目掛けて思い切り振った。
パンッ、と乾いた音が部屋中に響く。
アリスの突然の行動に、片桐は勿論森下も驚く。


「話聞いてりゃ下らない事やないか!そんなに娘が大事なら、親が首に縄でも付けて管理せい!ヤクザはそんなアホらしい事で、一般人拉致るんかボケ!」


一気にまくし立て声を荒げるアリスの目には、涙が溜まっていた。


「こわっ、怖かっ・・・た、んやぞ・・・。」


溢れた涙を手の甲で拭う。
すすり泣くアリスに、片桐は胸ポケットからハンカチを取り出した。


「お怒りはごもっともです。しかし、お嬢も組の一員。我々にとって家族の様なものなんです。どんな手を使っても、お嬢を見つけ出さねばと思ってやったことです。・・・まあ、少々今回はやりすぎでしたけどね。どうか許してください。」


優しい声で述べた片桐は、森下の方をチラリと向いた。
案の定、森下は人一人殺した様な恐ろしい顔で睨むので、片桐は苦笑するしかなかった。
片桐は泣き止んだアリスの足の縄を取り、森下の手首の縄を取る。


「火村組の若様はお嬢の婚約者ですから、何か知っててもおかしくはないかと思ったのですが・・・。」


その言葉に反応したのは、アリスだった。


「えっ?」





火村は何でもない赤の他人の筈なのに、胸の奥がチクリと痛む。



何故だろう。


片桐のその言葉が嫌で嫌で仕方なかった。





「おい、片桐。元だろ、元。」


アリスの心情を知ってか知らずかあまり好意的でなはい声色で、森下は片桐をたしなめた。
手の縄を取り終え、足の縄に手をかける。


「ええ。でも、若様もウチのお嬢もまだ独身。また婚約が戻って二人が結婚したら、火村組と真壁組が合併するかもしれませんね。」


森下は、鬱陶しそうに顔をしかめた。
アリスに見つからないよう、そろりと顔を近付け森下の耳元で囁く。







「気を付けなさい。彼は本気だ。」







先程までの似非営業マンの様な雰囲気から、ガラリと変わった。

裏社会の人間独特の鋭い雰囲気に、森下は馬鹿馬鹿しいこの茶番劇に裏を見た。