交差
朝井は、べろべろに酔ったアリスを何とか自分のマンションに連れて来た。
そのまま放置しても良かったのだが、失恋したてのアリスを置いてくるのも何だか可哀想だった。
いくら飲み屋から近いとはいえ、女性の腕で酔った成人男性を持って来るのには苦労した。
フラフラになりながら、部屋へ続く廊下を歩く。
やっと、自室のドアまで来た朝井はそのままドアノブを開ける。
マンションの外から部屋に明かりが点いていたので、鍵が開いていた事は分かっていた。
「ただいま。」
「お帰り。」
同居人が、ひょっこり廊下から顔を出した。
朝井が運んできた人物を、不思議そうに見ている。
「貴方も手伝って。後輩が酔い潰れちゃって・・・ああ重い。」
「はいはい。」
朝井からアリスを受け取り、どんな顔かと覗いてみる。
驚いた顔の同居人に、朝井は疑問を持った。
「どうしたの?」
「それ、有栖川有栖だよな。」
「知ってるの?あんたも有名になったのね。」
酔って眠っているアリスに語りかける朝井に、同居人は焦る。
「そいつが誰だか分かってるのか?」
「どういう意味よ。」
「そいつは若の婚約者だ。」
同居人は、アリスと火村がもう会わないという事を知らない。
というより、火村の側近や父親といった極少数の人間しかこの事を知らなかった。
朝井は、眉を顰める。
「婚約者?」
「生涯の伴侶という意味でな。」
「そう・・・。あの無愛想男は同性愛者だったんやね。」
朝井は、アリスが何故火村を選んだのか納得できないと言わんばかりの表情をする。
同居人は、アリスを背負いそのままリビングへ連れて行った。
ソファにアリスを寝かせ、その間朝井は寝室から毛布を持って来た。
毛布を掛け、同居人は先程の話を続ける。
「まあ、婚約の方法は強引過ぎるけどな。一応二人は婚約者って事になってる。」
「言ってる意味が分からんわ。」
同居人は世間話のつもりだったのだが、朝井の逆鱗に触れたようだ。
朝井にとって、火村は言ってはならないワードだったらしい。
「勝手に有栖川のマンションに押し掛けて、無理矢理婚約者だと名乗っていた。若に逆らえばどうなるか分かるだろ?」
「そんなの、アリスが可哀想だわ。普通の人は、火村組の権力に逆らえないじゃない。」
ジョークを本気にするから、眉間の皺が深くなる一方だ。
同居人はそんな朝井を見て、一つ溜息を吐いた。
「そうか、分かったわ。」
「何がだよ。」
「この子ずっと、好きな人と一緒にいると大切なものが失われる、って落ち込んでいたの。」
「つまり、有栖川には恋人がいて若の妨害でその人といられないとでも言いたいのか?」
朝井の思考を読み取り、呆れた顔をする同居人。
火村の下にいる同居人は、自分の上司がそんな事をするわけがないと信じている。
他の奴ならまだしも、火村はそんな事をするとは到底考えられなかった。
「だって、そうとしか考えられないじゃない。」
「まさか。若はそんな事をしない。」
「するわ。ヤクザの男なら、周りに難癖を付けて女を自分の物にするなんて簡単じゃないの。」
嫌悪の表情を変えない朝井を、同居人は必死に宥めようとする。
「しかしだな、」
「貴方は、あの若様に幻想を抱いているのよ。ヤクザなんて皆同じ。」
「君がここにいるのは、若のおかげじゃないか。」
「そう、確かに彼のおかげね。あの時は神に見えたのに、今では角を生やした悪魔にしか思えない。」
何を言っても聞かない朝井に、同居人はお手上げだった。
早くも上司の擁護を諦める。
朝井は、アリスの寝顔をしげしげと見る。
「アリスが可哀想。」
「まだ、決まったわけじゃない。小夜子、そのヤクザ嫌いを治してくれよ。」
「無理な話だわ。分かってるくせに。」
「俺が否定されたみたいなんだよ。俺だって火村組にいるんだぜ。」
上司も自分の職業も否定された同居人は、空いているソファにどっかりと深く座った。
「貴方は別だわ、学。」
「それはどうも。」
朝井は、赤星に見向きもせずそのままバスルームに行った。
赤星がアリスの顔を見ると、ぐっすりと眠っている。
「・・・どうしようかね。」
赤星の独り言は、静かな部屋に飲まれて消えた。