※この話では、暴力的表現が書かれています。
苦手な方はウィンドウを閉じてください。
事務所に帰ると、珈琲片手に寛ぐ赤星の姿があった。
火村を見付けるとソファから立ち上がり、コーヒーメイカーから火村と森下の分の珈琲を注ぐ。
「若、お帰りなさい。」
「赤星。」
赤星は、火村の不機嫌な顔に気が付いていないのか、笑顔で話しかける。
「一体何ですか?鮫島さんが急用だと言ってましたけど、何かありましたか?」
俺、今から可愛い女の子とデートなんですよ、とカップを両手に持ち軽口を叩く赤星。
火村は、何も言わず赤星の右頬に拳を入れた。
「・・・グアッ!!」
赤星は勢い良く倒れ込み、珈琲が勢いよく床に零れる。
「若!!お止め下さい。」
「森下、来るな。」
咄嗟に森下が止めに入るが、火村の冷たい声に圧倒され手が出せなかった。
火村は倒れる赤星の腹に、足を置く。
その場から動けなくなる程の体重を掛け、内ポケットから煙草を取る。
「さっき、森下が真壁のお嬢の居所を突き止めた。お前なら、それが何所だが分かるよな。なあ、赤星?」
赤星の顔が一瞬強張った。
「さあ?俺にはさっぱり。森下、お前やるねえ。」
だが、直ぐにいつもの顔に戻って、後輩を見上げながら褒めてやった。
褒められた後輩は、口を一文字に結んで歯を噛み締めた。
突然、火村の蹴りが腹に入る。
「グフッ!!」
鈍い音が、部屋中に広がる。
赤星の口の中は、逆流してきた胃液と鉄が混じった味がする。
「惚けるんじゃねえよ。お前の家に居たんだろ?んっ?」
「何故、俺が命令した時に直ぐ報告に来なかった?」
「何故、その後も知らないフリをした?えぇ?答えろよ、赤星。」
「ガアッ・・・、アッ・・・・グッ・・・!!」
火村が質問する度に、蹴りが思い切り入る。
赤星は、ただ痛みに耐えるしかなかった。
「そんなに、あの売女は気持ち良かったか?」
蔑む様な目で赤星を見る火村。
口元にはうっすらと笑みが零れ、声色はいつも以上に穏やかだ。
「それとも金か?」
「ああ、そういやあそこは薬も扱ってたな。薬で頭がイカれたか?」
「なあ、答えろよ赤星。」
むしろ、イカれたのは火村の方ではないかと思わせる程、異常な光景に森下は自分も胃液が上がってくる気がした。
見ているだけで、何かがせり上がってくる感覚がする。
森下は、思わず顔を顰めた。
「・・・くせに・・・。」
「ああ?何だって?デカい声出して言ってみろよ。」
顔に靴のつま先を数回当てて、促す火村。
先程より、楽しそうな声色に恐怖すら感じる。
「ア、ンタの、方こそ、その、売女に、惚れてる、くせに。」
「誰が、あんな好色そうな女を好きになるかよ。」
途切れ途切れの赤星の言葉を一蹴すると、煙草の吸殻を眼球目掛けて落した。
「アアアアアア!!!!!」
赤星は顔を覆い、首を左右に振った。
幸い目に直撃しなかったものの、火の点いた煙草は赤星の瞼を火傷させる。
「そうか。お前、真壁の娘が好きだったのか。惚れた男の弱みってヤツか。」
もがく赤星の上から、火村の笑い声が聞こえた。
高笑いする彼を、森下は止める事が出来ない。
「・・・殺すぞ。」
火村の笑い声がピタリと止む。
そんな安い理由で、組を裏切った罪は重い。
火村は、そう言わんばかりの低い声で言い放った。
「大体、ああいう利用価値のある女は躾けられてるんだ。」
火村は、2本目の煙草を取り出し美味しそうに吸う。
「誰にでも、可愛がって貰えるようにな。いい具合だっただろ?」
「さ・・・小夜子を、侮辱、するな・・・。」
足下にしがみ付く赤星の手を、邪魔そうに振り払う。
「裏切り者に言われたくないな。」
そのまま足蹴にすると、何の抵抗も示さない。
もう、赤星は気絶していた。
「森下、赤星持って来い。出掛けるぞ。」
「どちらへ?」
「赤星の可愛い可愛い恋人と、そのパパに赤星を返してやるんだよ。」
ぐったりとした赤星を嘲笑い、火村と森下はまた事務所を後にした。
嗜虐的思考の持ち主
気絶した朝井を部屋に寝かせると、部下から客人の扱いについて問われた。
「お客人は・・・いつものところで良い。後で行く。」
いつものところ。
つまり、いつもの“物置部屋”というわけだ。
仕事を一段落させ、少し休憩しようと思っていた片桐が、長い廊下を歩いていると後ろから大きな音が聞こえた。
バタバタと廊下を走る音と、慌てる自分の部下の声。
振り向くと、数人の部下に止められている朝井の姿があった。
どうやら、目が覚めたらしい。
「お嬢、お部屋に戻ってください。」
「嫌や!!こんな家、出て行く。」
必死に朝井を抑えようとするが、相手は組長の娘だ。
手荒な事は出来ずに、困り果てている。
「どうぞ、御自由に。ただし、貴女のお友達がどうなっても知りませんよ。」
片桐はその騒動に近付き大声で騒ぐ朝井を脅すと、朝井は息を飲んだ。
そして、しぶしぶ部下に連れられ部屋に戻っていく。
「片桐!!アリスに何かしたら、アンタを殺すからな!!」
「はい、分かりました。肝に銘じておきます。」
年甲斐もなく中指を立てて命令された片桐は、朝井に深々と頭を下げた。
「片桐さん。」
声を掛けられた方向を見ると、部下が紙の束を持っていた。
「頼まれていた資料です。これが、火村の婚約者の顔と名前と経歴になります。」
渡された資料の写真を見ると、そこには先程連れて来た客人の顔があった。
「おや?」
「どうかしましたか?」
「この人なら、知ってるよ。」
「お会いになった事があるんですか?」
「うん。さっきお連れしたばっかりだ。」
片桐の発言に目を丸くする部下。
「それにしても、有栖川有栖って面白い名前だね。」
その横で、片桐はアリスの資料を捲り呑気な事を言っていた。
「う・・・ん・・・。」
「お目覚めですか?」
物置部屋でアリスが目を覚ますと、真正面に片桐が古い木製の椅子に座っていた。
周りには、数人の片桐の部下らしき男がいる。
アリスは身構え、片桐を睨んだ。
「怯えなくたって良いんですよ。」
笑顔でアリスに話しかけるが、その笑顔が逆に胡散臭い。
ますます、アリスに緊張を高めた。
「ところで、有栖川さん。」
何故、自分の名前を知っているのかと一瞬驚いたが、そういや彼はヤクザだった。
売れない小説家のアリスでも、情報は仕入れられる事が出来る。
「ちょっとだけ、僕に協力して下さいね。」
片桐がそう言うと、そばにいた数人の部下達がアリスを抑えつけた。
「えっ・・・ちょ、ちょっと、何す・・・!!」
「別に取って喰おうってわけじゃないんですよ。」
片桐は立ち上がり、木製の椅子にアリスを腰掛けさせた。
そして、荒縄をアリスの体に巻き付け猿轡を噛ませた。
「ただ、写真を撮りたいだけですから。」
片桐はポケットからカメラを取り出し、捕虜の様な姿になったアリスを撮った。
アリスは、気丈な目で片桐を睨み続ける。
「そう、良いですね。人質写真のコンテストなら優勝を狙えますよ。」
そんな大会あるわけもないのだが、片桐は上機嫌で撮り続けた。
周りの部下達は、その様子をニヤニヤと下卑た笑顔で見守る。
「お嬢様に止められてなきゃ、もっと卑猥な写真を撮ってあげられたんですけどね。」
部下に命令して、アリスのポーズを変えさせる。
今度は四つん這いになり、手ではなく肩で体を支える格好になった。
「火村の若様が一発で抜けるような、グチャグチャでドロドロのヤツを・・・ね?」
数人の部下は、そのアリスの格好を笑いながら罵る。
いつも若様にこんな格好を見せているのだろう、本当はその尻にアレが欲しいのだろう、と品のない事ばかりを大声で言う。
片桐は口元を歪ませ、部下の一人に話しかけた。
「残念だったね。若様と兄弟になれなくて。」
「いやいや。むしろ、お嬢に止められて良かったですよ。野郎なんて遠慮したいですからな。」
声を掛けられた男は、そう言って豪快に笑う。
他の部下も、それにつられて笑い出した。
男の発言に笑わなかったのは、屈辱的な姿を晒したアリスと片桐だけだった。
「まあ、こんな感じで良いか。」
満足した写真が撮れた様で、物置部屋から去っていく部下達と片桐。
「じゃあ、また。しばらくしたら、縄を外してあげますよ。」
そう言って、アリスがいる物置部屋のドアを閉めた。
「片桐さん、大変です!!」
「どうかした?」
部下が焦りながら、走って来る。
片桐は、足を止めた。
「火村の若様が来ました。」
「そう・・・案外早かったね。」
そう言った顔は、これで全てが終わると安堵した優しい笑顔だった。