火村英生+森下恵一編




ネオンが輝く夜の街。
星さえも躊躇する地上の明るさとは裏腹に、室内は静寂と闇黒に包まれていた。
カチャリカチャリと金属を動かす音が聞こえる。
仮眠を取っていた火村は、その音で目を覚ました。
頭だけを起こして、ドアの方を見つめる。
鍵を掛けた筈なのに、ドアノブが回る。
ドアが開くと、まだ高校生くらいの少年が現れた。
そのまま火村が寝たふりをしていると、少年は金庫の方へと足を運びまた鍵を開ける。
見事なもので、数分も掛からない間に金庫のドアが開いた。


「何してるんだ。」


火村は、少年に声を掛ける。
ただ単純にこんな所に一人で入って来る少年に、興味が湧いたのだ。
少年は振り向くと、すぐにドア目掛けて走る。
しかし、火村に腕を掴まれて捕まってしまった。


「まあ、待てよ。こんな時に急いだって仕様が無いだろ。」


黙る少年。
その顔は、任務が失敗した事での苛立ちからか、とても険しい顔をしていた。


「ほら、そこで座って待ってろ。」


ソファを少年に勧め、インスタントの珈琲を目の前に置いた。


「殺したければ、殺すがいい。」

「俺は別に、お前の魄が欲しいわけじゃないからな。差し出されても困る。」

「なら何が目的だ?依頼人の情報か?」


喉元で笑う火村に、ますます少年の眉間の皺が深くなる。
火村は、煙草を取り出して火を点けた。


「お前の雇い主なんかに興味はないね。」


一口吸って紫煙を吐き出すと、少年は出された珈琲に口を付けた。


「火村組の若様は、男色家だという噂がある。いい年なのに女一人囲わないのは、男に興味があるからだ、って。」

「で?」

「俺が目的か?」

「馬鹿な事を言うなよ。俺はお前みたいな奴お断りだ。」


まさか、自分が男色家だと思われていたとは思ってもみなかったので、ますます笑いが止まらない。
確かに少年は見目麗しいが、自分の食指が動くわけがない。


「だからって、女にも興味はないがな。」

「じゃあ、畜生だ。」

「お前は俺を変態にしたいらしいな。」

「だって、この世界の人間なんて皆一緒だろう?変態か狂人か愚者しかいない。」

「へえ。じゃあお前は一体何だ?」

「俺?」

「お前だって、太陽の下では生きられない人間だろう?」


火村がニヤリと笑うと、少年はつまらなそうに吐き捨てた。


「俺は・・・愚者さ。」

「身の程を分かってるんだな。」

「偉そうに。火村組の若君がいるなら、こんな所に来なかったよ。」


少年は立ち上がり、律儀にも御馳走様と火村に言った。


「もう帰るのか?」

「だって、俺には用はないんでしょう?」

「俺になくたって、お前にはあったんだろ?」

「良いよ、別に。今日の依頼主は俺の嫌いな奴だし。どうにかなるさ。」


手を腰に当て溜息を吐く少年の姿が、とても面白かった。
何故か分からないが、この少年を自分の手元に置きたいと思ってしまう。
どうやら、少年に興味を持ってしまったらしい。


「そうか。なあ、森下。」

「俺の名前、知ってたの?」


森下と呼ばれた少年は、目を丸くした。
火村は、煙草を咥えてまた紫煙を吐き出す。


「生憎、こういう職業なんでね。情報収集は欠かさないんだ。」

「なあ、森下。俺の下で働く気はないか?」

「冗談だろ?」


森下の顔がまた険しくなる。
からかわれているのだと思ったのだろう。


「まさか。」

「俺はコソ泥だ。鍵を開ける事くらいしか出来ない。」

「良いんじゃないか。ココに入るんだったら十分だ。」


意地の悪い笑い方をする火村を、森下はいまいち信用出来なかった。
確かに、火村組に入れば森下にはメリットだらけだが、火村にメリットがあるとは考えられない。


「それに、初対面の相手を組に入れるなんて、」

「俺はお前と初めて会ったが、全く情報が無いわけじゃないだろ?少なからず、互いを知ってる。」


それで充分だ、と呟く火村に森下は軽く溜息を吐いた。


「あんた、どうかしてる。」

「お前がいう狂人だからな、俺。・・・で、どうする?」

「入る。あんたの下に就いたら面白そうだ。」


森下は、口に手を当て声を漏らさぬ様にクスリと笑った。
それを見て、火村も目を細める。













火村が灰皿に押し付けた吸いがらは、まだ小さな火種が燃えていた。