02 涙さえ流れず
尋常じゃない位、散らかった部屋。
壁や棚に飛び散った、花弁の様な血飛沫。
赤い絨毯の様に、床に広がった紅い血。
その上にダラリと寝そべっていた、最愛の人。
自分を見つめてくれた潤んだ瞳は、私を見てはくれなかった。
自分を暖かく抱きしめてくれた腕は、紅に塗れ二度と抱きしめてはくれなかった。
「愛してる」と何度も言ってくれた唇は、二度と開いてはくれなかった。
好きだった髪は振り乱れ、愛おしい躯も紅にまみれていた。
心臓に刺さっていたソレが、あいつの生命を奪ったのだと考えついたのに大分時間が掛かった。
「アリス・・・。」
あいつの名前を呼んでも、もう届かない。
「アリス、アリス、アリス、アリス、アリス!!」
無駄だと分かっていても、何度も呼ぶあいつの名前。
やはり、あいつの耳には届かない。
乱れた髪を掻き上げて、あいつを強く抱きしめ唇にキスをする。
いつもの柔らかく甘い味のキスではなく、堅く血の味しかしないキスだった。
涙さえ流れずに、俺はただ呆然と愛しい人の顔を睨んでいた。
「おはよう」といつもの人懐っこい笑顔で言ってくれるのを、信じてもいない神様とやらに祈りながら。
しかし、やはり神様はいなかった。