04 いい加減に離してくれ・1


君の姿に墜ちていく。
君の瞳に狂わされる。
君の声に惑わされる。


君の存在が僕の中では麻薬同然なんだ。
快楽を得られるが、その分依存する。


僕は君から離れられない。
君だって僕から離れられないだろう?



だから、君を永遠に僕の物にする。
嬉しいだろ?






僕の有栖。





小さな窓に掛けられた鉄格子。
その間から光が漏れ、窓に背を向けて座る彼の背中を焦がす。
この時期にしては熱い日差しが、直接彼に降り注ぐ。
机の向こう側には、鮫山が腰を下ろしている。



窓側の彼の名前は・・・


よしておこう。
知ったところで、何の利益も生まない。

彼の容疑は殺人。
―――有栖川有栖を殺した張本人。





「仕方なかったんです。」
彼は覇気のない声で呟く。
焦点の合わない目、ダラリと伸びた腕が一層彼に覇気を持たせない。
「どうして?」
淡々と質問する鮫山刑事。
「このままでは、有栖に依存してしまう。有栖なしではいられなくなる。」
火村以外の口から発せられる“有栖”に、鮫山は若干違和感を覚えた。
「だから殺したと?」
「ええ。」
「貴方と有栖川さんとの関係は?」
「恋人でした。男同士で気持ち悪いとお思いでしょう?」
彼は自分の両腕に掛けられた、銀色の手錠を見つめた。
「いいえ。“当人同士が良ければ”いいんじゃないですか?」
鮫山は汚れてもいない眼鏡を外し、取り出したハンカチでレンズを拭いた。
「そう言って頂けて嬉しいです。」
彼の口元が少し上がった。
「・・・何故、有栖川さんを刺したんですか?恋人だったんでしょう?」
「さっきも言ったでしょう、刑事さん。僕と有栖は互いに依存していた。お互いなしでは生きられなかった。それでも良いと思ってました、今までは。」



“互いに依存”。



鮫山はその言葉を聞いて、ある光景を思い出した。
生前の有栖と火村が並んで立つ姿。
彼等こそ“互いに依存”していた仲であっただろう。



彼の言ってる事は、果たして本当なのだろうか?



有栖を知っているからこそ、その疑惑は拭えない。
もし向こうに座っている彼が火村なら、―失礼ながら―すんなり納得していただろう。





“本当に有栖川さんが依存していたのは君なのか?”





鮫山はそう問い詰めたかった。
しかし、今は事情聴取の最中だ。
彼を刺激してはならない。


「では何故・・・。」
「自分が自分じゃなくなる気がしたんです。有栖に依存される事によって。有栖に依存する事によって。それは有栖も同じでした。『君の手で殺して欲しい。』『君の手で死んで、永遠に君のものにして欲しい』といつも言っていました。」





嘘だ。


少なくとも、鮫山の知っている有栖はそんな事を言わない。
しかし、鮫山の口から否定の言葉は出なかった―出せなかった―。







「私は、有栖の願いを叶えたんです。」







彼は先程と一変して、堂々とそしてゆっくりと言葉を放つ。
彼の目は自信に溢れ、それが事実だとして疑わない。





この箱は、まるで妄想と虚言の中。
鮫山は、何が“真実”かが分からなくなった。