05 眠る顔は美しく


白と黒に囲まれたこの会場は、これまた白と黒の衣装の者達で一杯だった。
白黒の花輪も、流石作家だけあって一般人の倍はある。

そんな中、火村はずっと葬式会場の棺桶の傍にいた。
火村のいつもの白黒ファッションが反転している。


黒の礼服。
白いシャツ。
黒いネクタイ。


アリスが存命なら、思う存分「珍しい。」だの「天地がひっくり返った。」などと言われ、からかわれたことだろう。
しかし、今アリスは火村の目の前の大きな箱の中だ。
警察から戻って来た、アリスの死体が入っている棺桶。
火村は何をするわけでもなく、ただ傍に座り棺桶を見つめているだけだった。






「火村君。」
火村が顔を上げると、アリスの母親が心配そうにこちらを見ていた。
「火村君、大丈夫?ずっと寝てないんじゃ・・・。」
火村は、誰が見ても明らかに疲れている顔をしていた。

火村はアリスの母親を安心させようと、口の両端を上げ笑おうとしたが、見ている方が痛々しい笑顔になってしまった。
「大丈夫です。心配しないで下さい。」
「そうは見えへんわ。少し休んだら?」
アリスの母親の提案に、火村は横に首を振った。
「いいえ。アリスの傍にいます。」
「でも・・・」
「お願いします。傍にいさせて下さい。」
その真剣な眼差しに、アリスの母親は折れてしまった。
「分かったわ。でも、自己管理はしてちょうだいね。葬式で病人が出るなんて、縁起でもない。」


火村は苦笑した。
「肝に命じておきます。」

アリスの母親は、棺桶の前に立ちアリスの顔を覗き込んだ。
「本当に、アンタは幸せ者やったね。小説家になる夢は叶ったし、火村君はいるし、子供も出来たし・・・よかったな有栖。」
まるでアリスに語りかける様に、母親は独白した。


それを唯一聞いていた火村は、ボソリと呟いた。
「よくないですよ。殺されてよかったなんて、言っていけません。」
「・・・そやな。ごめんな、有栖。」
そう言った後、二人の間に沈黙が流れた。






その間、何をするわけでもない。
二人は棺桶をただ見つめるだけ。






沈黙を破ったのは、アリスの母親だった。
「・・・どうして」



「どうして、火村君は泣かないのかしら。」



泣かないどころか、悲しい顔ひとつ見せない火村に思った疑問。
恋人であり親友である火村なら、泣きはしなくても悲しい顔位するはずだ。





それが例え、嘘だとしても。





「“泣けない”んです。」
「えっ?」
「俺だって泣きたいですよ。でも俺はアリスがいないと、泣く事も出来ない。アリスに依存してるのが、よく分かりました。」



人間は“泣く”という行為で、悲しい気持ちを発散させる。

火村は、この悲しみを一生癒す事が出来ないのだろうか。



アリスの母親の目に、火村の辛そうな顔が写る。
まるで、この世の悲しみを全て背負い込んだ者の様だった。





そんな外の出来事なぞ知らず、火村の唯一の光は輝きを失いただ美しく眠っていた。