―――父と母が亡くなってから、早20年。

私は26歳になり、母と同じ推理小説家になりました。






10 僕の墓の前






20年前の今日。
アリスが死に、それから1週間後に後を追うように火村が死んだ。


片桐は、片手に菊の花束を抱え2人の入っている墓へ向かう。
すでに墓には、先客がいた。

長い髪をハーフアップにし、白いワンピース姿の女性。
当時6歳だった火村とアリスの娘、可憐だった。

「可憐ちゃん。」

片桐が声を掛けると、可憐はにこやかに挨拶する。

「お久しぶりです、片桐さん。」
「久しぶり。あっ、今は“火村先生”って呼ばなきゃいけないのかな。」

可憐は、大学時代に推理小説家としてデビューしていた。
片桐はその時お祝いの花を贈ったが、直接は会っていない。
作家としてデビューしてから、可憐と今日始めて会ったのだ。

可憐は照れくさそうに笑う。

「いいえ、いつも通りに呼んで下さい。片桐さんに“先生”だなんて言われたら、何だか照れくさいです。」
「そうかな。」

その笑顔につられ、片桐も笑う。




片桐が墓を見ると、新書が1冊供えてあった。
著者は“火村可憐”。
可憐の新作だった。

「あっ、新作だね。読んだよ。」
「ありがとうございます。」

可憐は軽くお辞儀した。

「本当に、可憐ちゃんは有栖川さんに似てるね。文章も雰囲気も。」

片桐は軽く溜息を吐いた。
可憐の作品をデビュー作から読み、アリスの担当だった片桐にしか分からない共通点。

可憐は嬉しそうに、声を出して笑う。

「ふふっ。そうですか?大学時代には“第二の火村英生”って言われましたけど。」

英都大学の社会学部に所属し、法学部やその他の学部の講義を聴講する秀才。
しかも、名字も“火村”なのだから仕方ないと言えば仕方ないのかも知れない。

「あはは。そうだったの?知らなかったな。」

片桐は、“第二の火村英生”がツボに入ったのかしばらく笑い続けた。

「えぇ。教授達から、“君は似なくてもいいところまで火村君にそっくりだ。”って耳にタコが出来る位言われました。」
「確かに言われてみれば、可憐ちゃんは火村先生にも似てるね。そっくりだ。」

何処が?と聞かれると少々困る。
可憐は、アリスと火村両方によく似ているのだ。


「そりゃあ、親子ですから。」

可憐は自信満々に言った。







片桐は持っていた花束を飾り、線香を供え座って手を合わせた。

「・・・もう、20年なんだね。」

しみじみと言う片桐に、可憐が答える。

「・・・えぇ。」
「僕は今でも、あの2人が死んだのが信じられないよ。」

片桐が、ゆっくりと立ち上がる。

「というより、信じたくないのかな?20年も経ったのに未練がましいね。」

片桐は、自嘲の笑みを浮かべる。




可憐は、言いづらそうに片桐の名を呼ぶ。

「片桐さん・・・。」
「何?」

片桐は首を傾げる。

「父と母は・・・いえ、何でもないです。ごめんなさい。」


何でもない様には見えない可憐の表情。



言いたいのに言えない。



そんな顔をしている可憐に、片桐は背中を押してあげた。

「言って?僕に答えられる事なら、何でも教えるから。」





しばらくして、可憐の口が開いた。






「・・・父と母は・・・“私がいて幸せでしたか?”」






片桐は、ますます首を傾げた。

「どうしてそんな事を?」

「私は・・・男から生まれた子供です。」
「知ってるよ。」

26年前、アリスが可憐を妊娠した時は、片桐も一緒になって喜んだ。
今でも、その時の事は鮮明に覚えている。


「例え、それが自分の子供であっても、気味悪がられたんじゃないかと・・・最近不安になるんです。両親にとって、私は望まれて出来た子ではない筈だから・・・。」


確かに火村とアリスは男同士で、可憐は望まれて作られた子供ではない。
だが2人とも、思いがけず出来た可憐を愛し大切にしていた。





幼い頃の記憶があまりない可憐には、それが分からないのだ。





「可憐ちゃん。それを誰かに聞いた事はあるかい?」
「・・・いいえ。」

可憐は力なく首を横に振った。

「誰でもいいから、もう少し早く聞けば良かったね。そうしたら、不安になる事もなかったのに・・・。」





片桐は、可憐を強い子だと思っていた。
両親がいなくても生きていける、強い子だと。



だが、違った。
弱さを隠し、不安なところを見せず、気丈に振る舞っていただけなのだ。




この20年間、ずっと・・・。





片桐は、優しく可憐に笑い掛ける。

「答えは“YES”だ。当然じゃないか。有栖川さんも火村先生も、君を愛してた。君といて、幸せだったよ。」

可憐は、その言葉に安堵し片桐に笑い返した。

「・・・ありがとうございます、片桐さん。」



「このお礼は、ウチの原稿を他より速く脱稿するだけでいいよ。」

その言葉に、可憐は目を細めた。

「ふふっ、善処します。」

「期待してお待ちしてますよ、火村先生。」















線香の煙が、上へ上へと昇る。














見上げた空は、雲ひとつない青空だった。










―――まるで、天国の2人が微笑んだかの様な、そんな空だった。