生命は巡りて




―――あの忌まわしい事件から、25年後。





お父さん、お母さん。

私は、他人から愛される資格があるんでしょうか?








夜景が一望出来るレストラン。
地元雑誌にも掲載され、この辺りで今一番人気のあるレストランだ。


そのレストランの―夜景が綺麗に見える―特等席に、一人の男が座っている。

彼はよく見れば端正な顔立ちなのだが、型の古い眼鏡が邪魔して、それを目立たせない。
黒の生地に、見えるか見えないか位の細い白のストライプの入ったスーツ。
ネクタイは紺色で、白いYシャツによく映える。

緊張した面持ちの彼は、頻りに自分の鞄を気にしている。



彼の前に誰かが立った。

「待った?」

彼の前に現れたのは、火村可憐。

今、名実共に一流の女流推理作家であり、また彼の恋人でもある。
水色のワンピースに、白いジャケット、同じく白いパンプスが、より一層可憐を爽やかに見せる。

「いや、全然。」

可憐は彼の向かいに座る。

「急にどうしたの?」

可憐は小首を傾げた。

「いや・・・あのさ・・・。」

照れくさそうに俯き、自分の鞄の中から小さなケースを取り出した。

彼は、そのケースを開け、中身を見せる。
見ると、そこにはハートをモチーフにしたダイヤの指輪があった。



「結婚してくれないか?」



可憐が彼と付き合って3年。
お互い、結婚だって考える年齢になった。
彼にとっては、一世一代の大舞台。

確証はないものの、可憐はきっと“YES”と言ってくれると信じている。





・・・しかし、





可憐は、ひどく驚いたようにその指輪を睨むだけで、口を開かない。

「・・・。」

彼は、少し戸惑った笑顔を作る。

「ごめんな、急に。でもさ・・・」

次第に、二人の空気が重くなっていった。
しどろもどろに自分の思いを伝えようとした矢先、先程まで一言も喋らなかった可憐が口を開けた。







「ごめん。」







「えっ?」

彼は、思わず聞き返した。
可憐は眉を下げ、申し訳なさそうな顔をする。

「ごめんなさい。貴方とは結婚出来ないわ。」

声を震わせ、泣き出しそうな顔をする可憐。
まるで、自分が取り返しのつかない重罪を犯したかのように、可憐は頭を下げ謝った。
まさか、振られるとは思ってもみなかった彼は、そのショックのあまり、自分が何を言っているのか分からなかった。

「・・・俺のせい?俺が頼りないから?」

後々考えれば、こんな事を聞くなんて女々しいほかこの上ない。
でも、それは彼自身にとって一番聞きたかった質問でもあった。

可憐は力一杯首を横に振る。

「違う。それは違うわ。私の・・・私のせいなの。」









―――私には、他人に愛される資格はないの。









「貴方は、素敵だわ。私には勿体無い位よ。貴方と一緒に暮らせるなら、きっと楽しいでしょうね。」



いつも夢見ていた。
歌の歌詞じゃないけれど、白い家に小さな庭。
愛しい私達の子供と、可愛らしい白い子犬の横には、微笑みながら貴方と私が並んでいる。
貴方と家庭が持てるなら、どんなに素敵な事でしょう。









―――でも・・・





それは、叶わぬ夢でしかない。






「なら、何で・・・」
「・・・ごめんなさい。」

可憐は、席を立ちそのまま店を出て行った。

「可憐!待って、可憐!!」

彼は後を追い掛けようとしたが、店を出たところで可憐を見失ってしまった。










呆然と立ち尽くす彼の上で、数多の星々が彼を嘲笑っていた。













可憐は走った。


自分の殻に閉じ籠もる為に。

自分の居場所へ帰る為に。







―――もう、あんな思いをするのは嫌なの。







今まで可憐の秘密を知った男は、必ずこう言う。



『化け物じゃないか。俺を騙したのか!』

恐怖と嫌悪が入り混じった瞳で、可憐を罵る。



『学会に発表しなきゃ。世界的発見になるよ。』

まるで実験動物の様に扱おうとする。



『冗談だろ?』

勇気を出して告白しても、一蹴されタチの悪い冗談にされてしまう。







両親を恨むわけじゃないけれど、“男同士”から産まれた子供だから。
だから、畏怖の目で見られても、珍しい目で見られても、冗談だと捉えられても仕方ないと思っていた。





頭の中では、そう思っていた。





でも、愛しい人にそう思われるのは辛いわ。
優しくて、全てを包んでくれる海の様な、貴方は一体私をどう見るのかしら。

私はそれが不安で仕方ないの。

私の事を知ったら、どう幻滅するのかしら・・・。














―――私は人から愛されない。


それは、男から産まれた化け物の運命。