※死ネタ注意

















それは陳腐で最悪の結末




リビングに火村を置いて、アリスは電話をしていた。
明日、片桐が打ち合わせに来るというので連絡を寄越してきたのだ。
会話は弾み、気が付けば30分以上経っている。
片桐との電話に夢中になっているアリスは、いつの間にかこちらを凝視している火村に気が付かなかった。


「アリス・・・。」

「うわっ、何や火村か。」


電話を切り振り向くと、火村が背後に立っていた。


「もう、我慢できない。」

「何がや。」


全く火村の言っている事が分からないアリスは、素気なく問う。
火村は、口角を上げ手に持っていた果物ナイフでアリスの腹を突いた。


「ガッ・・・ひっ、ひ・・・むら・・・。」

「ごめんな、アリス。」


胸から引いたナイフは、アリスの血液でテラテラと鈍く光る。
火村はナイフを見て、満足そうに微笑んだ。





信じられない。





アリスは、目を丸くする。
親友―だと思っていた相手―が、自分を刺して心を満たしている事にただ絶望を感じた。


「なっ・・・で・・・。」

「何時だったか、言ったよな。『殺したい奴がいるから、探偵の真似事をしている』と。」


そうだ。
火村がそう言ったから、アリスはこの男を支えよう、闇に囚われたら自分が救ってやろうとフィールドワークに参加しているんじゃないか。
それが、今と何の関係があるんだ。


「お前だよ。お前が俺の殺したい奴だ。」


淡々と語る火村に、心に亀裂の入った音がした。
嗚呼、親友だと思っていたのは自分だけで、火村にとって自分は憎むべき存在だったなんて。
この10数年間は火村にとって何て無駄だったのだろう、と後悔するしかない。
自然にアリスの目から、涙が流れ落ちる。


「泣かないでくれよ。別にお前が嫌いなわけじゃない。」


火村は、アリスをあやす様に頬を撫でる。
親指で涙を拭い、それを自分の唇へ触れさせた。


「ただ、お前が俺のいない世界で生きていくのが耐えられないんだ。」





―焦点の合わない目。





「俺のいない世界で生活して、俺の知らないアリスが増えていく事がとても嫌なんだ。」





―作り物の笑顔。





「だから、お前の時間を奪う為にフィールドワークにもなるべく呼んだ。」





―紅に染まった掌の下には、無数の切り傷。





「全てお前の為なんだよ。フィールドワークなんてフェイクで、お前がいれば何だって良かったんだ。」





―抱き締める体の生温さがあまりに不快で、





「愛してるよ、アリス。」





―その囁きが騒音にしか聞こえない。





「だから・・・」





―――・・・一緒に死のう。





「・・・い・・・や・・・。」


アリスが力無く突き放すと、火村は苦笑する。
まるで子供を宥める様な声色。


「我が儘言うなよ、アリス。これは決定事項なんだ。」


「―――――!!」


火村はそう言うと、今度は紅いナイフを躊躇することなく胸へ突き刺した。


「こんな結末も、悲劇小説らしくて良いだろう?」


ドサリ、とアリスの躰が床に落ちる。
瞳孔は開き、だらりと手足が伸びていた。








三文小説だって、もっとマシなラストを描く。













嗚呼、何て陳腐で最悪な結末なんだろう。