ドM火村×ドSアリス




大阪で事件があり、アリスの部屋に泊まることになった火村。
アリスが夕食を作っている間、ベランダでコソコソと電話していた。
アリスは、それを不審に思ったがそのまま料理を続けた。
夕食を食べ終え、ソファで寛ぐアリスに火村が思い詰めた顔で現れた。


「アリス。」

「どうしたん、火村?」

「頼みがある。」

「何や、改まって。」

「こんな事頼めるの、お前だけなんだ。どうか、手を貸して欲しい。」


ここまで言われたら、恋人冥利に尽きるだろう。
アリスは、連帯保証人の欄にだって気軽に判子を押せる気分でいた。


「何や、水臭い。俺が出来ることなら、力になるよ。何でも言ってくれ。」


アリスがそう言うと、火村はアリスの足元に正座して顔を下げた。


「・・・ってくれないか?」

「えっ?」

「俺を、縛ってくれないか?」

「はあ?」


アリスは、目を丸くした。
何かの冗談かと思ったが、火村の目は真剣そのものだった。
アリスが呆けている間、火村はアリスにすがり付き懇願する。


「縛って、目隠しして、(自主規制)を踏みつけて、(自主規制)に・・・」

「ストップ、ストップ!何の話やねん。」


やっと、正気に戻ったアリスが慌てて火村の口を押さえた。
火村は、難なくアリスの手を外す。


「だから、頼みだと言ってるじゃないか。」

「話が全く見えないんやけど。」

「俺は、ドMなんだ。」

「はあ?」


あまりにあっさりしたカミングアウトに、アリスは生返事しか出来ない。


「今日は、予約していたSMクラブに行けなかった。」

「はあ。」


何かおかしな場所名を言われたような気がするが、今はそんな事は深く考えられなかった。


「だが、溜まるものは溜まる。だから、発散させたい。」

「はあ。」

「だから縛ったり、(自主規制)に針を入れたり、(自主規制)に(自主規制)を・・・」


先程よりエスカレートした内容に、アリスはツッコまずにはいられなかった。
足で火村のみぞおち目掛けて、蹴りを入れる。


「出来るか、阿呆!!」

「アリス・・・。」


腹を押さえ、小刻みに震える火村。
そうとう痛かったのだろう。
アリスが謝ろうとすると、火村は顔を上げ、

「もっと、もっと・・・蹴ってくれ。」

と、嬉しそうに言った。


「ヒィ!」


アリスは、今まで見た事のない親友兼恋人の変態的な行動にドン引いている。


「この淫らな奴隷に、愛の鞭を入れてくれ。なあ、アリス。」


どこからともなく出してきた、本革の鞭。
それをアリスに無理矢理渡すと、目を輝かせてアリスの出方を待った。
アリスは、鞭を持たされたまま苦々しい顔をする。


「そんな事、出来るわけないやろ。」

「アリスなら、出来るさ。お前は、生粋のドSだ。」


変態に断言されてしまった。
どうせ、ここで拒否したら火村は自分の性欲を満たすためにSMクラブに行くのだ。
なら、自分でやった方がまだマシだ。


「火村・・・。分かった。俺、火村の御主人様になる。」

「アリス、ありがとう。」


鞭を持った手をグッと握り締めると、火村はその手に両手を添えた。


「その前に・・・」


火村の手を払い胸を蹴って、体を倒した。


「俺がいるのに、SMクラブに行くってどういう事やねん!」

「ああっ・・・!!」


鞭を振り、火村の膝に当てる。
アリスの顔は先程までと違い氷の様に冷たく、火村をゾクゾクさせた。


「跪け。」


その声は、威圧的で柔らかさを微塵も感じさせない。
人が変わった様なアリスに、火村はたじろぐ。


「アリス・・・。」

「誰に向かって口聞いてんねん。アリス『様』やろ?」

「アリス・・・様・・・。」


「ありがたく思え、火村。俺好みの奴隷に、調教してやる。」


鞭で顎を上に向かせ、口元に微笑を浮かべる。
それにしても、このアリスノリノリである。

「嗚呼アリス様、汚らわしい俺を身も心もアリス様の奴隷にしてください。」


ついでに、この火村もノリノリである。


「後悔するなよ。」

「致しません。だから、早く・・・。」


アリスは、火村の髪を掴み上げ無理矢理立たせる。
火村の目には、期待が満ちていた。



―――さあ、楽しい躾の始まりだ。
















happy birthday・A




深夜、アリスは目を覚ました。
布団にくるまれているとはいえ、裸のままだと少し寒い。
隣には、まだ静かに寝息を立てる火村の姿が見えた。
火村は、こちらに背を向けている。
背中には、ほんの数時間前にアリスが爪で掻いた痕があった。
痛みと快楽に耐えるべく、引っ掻いた爪痕。

アリスは、それを指でなぞった。
月明かりに写し出されたそれは、肌の上に描かれた赤い一直線。
ぼんやりと眺めながら、ふと自分の誕生日を思い出す。
そう言えば、今日だった。

何本も描かれた紅い痕はさしずめ、ケーキの上に燃える炎。
甘ったるい火村というケーキを思い切り食べた後に、火を点けるなんて可笑しいな、と笑いながらそのまま目を閉じた。
















happy birthday・H




―――4月14日 23:56

あと4分経つと一つ年を取る男は、恋人の部屋のソファに座っていた。
部屋の持ち主である彼の恋人は、書斎で魔王―その名は〆切―と戦っている。
火村は、新しく出た学術書をリビングで読みながら、アリスが魔王を倒すのを待っていた。
せっかくの誕生日。
恋人と過ごしたいと思うのは、当然ではないだろうか。


「ひーむーら。」

「何だ。」


突然ドアが開き、頭だけリビングに出すアリス。
火村は本から目線を外し、アリスに驚く事なく対応する。


「ジャガイモの芽で、人って死ぬかな。」

「芽は大量に摂取しないと死なないぞ。それに、芽は苦いからすぐに気付かれる。」


そう助言すると、アリスの顔が段々と歪んでいく。


「クソッ。俺のポテトサラダ殺人事件が、台無しや。」

「どんな物語だよ。」


火村が苦笑すると、アリスは目の下にクマを作った顔で憎たらしい表情をする。
温厚な普段の姿とは、全く違う姿だ。


「江神さんが、大量のポテトサラダを持ってEMCに来るんや。そして、それを食べたモチさんが死ぬ。」

「それだと、探偵役が犯人じゃないか?」

「メタ・ミステリーの真骨頂や!本格ミステリーには、もう飽きた。」

「はいはい。」


ドアの向こうから、バタバタと荒い足音が聞こえる。
おそらく、アリスが地団駄を踏んでいるのだろう。


「あー、書けん。」


頭を引っ込めて、また書斎に向かう。
火村は、これじゃあまだまだ時間が掛かるな、と微笑んだ。






「ひーむーら。」

「何だ。」


しばらく経ってから、またアリスがドアから頭だけを出す。
しかし、今度は邪悪な顔はしていなかった。
どうやら、正気に戻った様だ。
いつものアリスに戻り、モジモジと恥ずかしそうにしながら、ボソリと呟く。


「・・・誕生日おめでとう。」


時計を見ると、既に12時を回っていた。


「ああ、もう15日か。」

「本当は、これ終わったら一緒に祝う筈やったのに。」


どうやら、まだ〆切を倒せていないようで、アリスは残念そうな顔をする。
火村は、アリスの顔を見てにっこりと笑う。


「いいさ。覚えてくれているだけでも、嬉しいよ。」

「随分素直やな。気持ち悪い。」

「俺は、いつでも素直ないい子だぜ。」


火村は、読んでいた本を閉じてアリスに近付いた。
ドアを大きく開け、アリスの手を掴んで引き寄せ、自分の腕の中に囲う。


「嘘吐き。」


アリスの呟く言葉に喉の奥で笑い、生意気な口を唇で塞いだ。
















さよなら




「さよなら、火村。」

―もう、君を支えるのに疲れた。

そう言った時、火村は今まで見た事のない痛々しい笑顔を向けた。
何も言及せず、勝手に別れる俺を罵倒せず、ただ笑うだけ。
別離の言葉を予測していたかの様に、俺の言葉を受け入れた。

―そうか。

その一語が虚しく部屋の中に響く。

「なあ、アリス。」

君に呼ばれる最後の名前。
嗚呼、こんなに心地好い声ももう聞けなくなるのか。

「俺はお前と居た時間が、人生の中で一番楽しかったよ。」



「ありがとう。」


「そうか。それは良かった。」



出来るだけ感情を殺して。
最後くらい、血も涙もない冷酷な男でいないと、
君が、可哀想な男になれない。



さよなら、火村。

君一人支えられない、弱くて脆い俺を許して。
















ストロベリー




紅い頬と、
白い肌と、
甘い甘い快楽。

僕の生クリームを舐めて、
体内に取り込んで、
君を動かす養分にしてよ。



イルミネーションがチカチカと五月蝿い程光る。
それと同じくらいビルから明かりが見えた。
周りを見渡すと、カップルや家族連れが多く見受けられる。
皆、楽しそうな顔ばかりだった。
それもそうだ。
今日はクリスマスなのだから。

火村は一人だった。
いや、下宿に帰れば大家さんと愛猫が待っている。
だが、残念ながら火村が求めている人ではない。

「寒いな。」

そう独り呟いても、誰も返事をしてくれない。
それに気付くと、火村は苦笑いする。
黒いコートのポケットから携帯を取り出し、慣れた手つきでボタンを押した。

「もしもし?」








白いシーツの上で、腰を動かし快楽に溺れる。
その姿は淫靡で、高級娼婦のように美しい。
全身に紅い痕をつけたその男に指を這わせ、白い肌に刺激を与える火村。


「・・・んっ・・・やっ・・・」


喘ぐ声は、火村の脳内を痺れさせる。


「あっ、ああっ、あっ」


まるで夢と現の狭間にいるような、そんな空間。
麻痺した頭では、もう快楽を貪る事しか出来ない。


「・・・アリス」

「なっ・・・なにぃ・・・?」


息が絶え絶えになっているアリスに、はにかむ火村。


「綺麗だよ。」

「なにいって・・・あぁん・・・」









「綺麗だよ、アリス」









スポンジのように柔らかいベッドの上に、
甘い苺のような君。

生クリームを掛ければ、クリスマスケーキの出来上がり。









―――いただきます。