いずれ壊れる日常


雲一つない空の日。
いつも人で賑わう図書館の中には珍しく誰も居ず、司書もカウンターでコクリコクリと船を漕いでいた。
アリスは窓側の席に座り、大きな封筒から、束になった原稿用紙を取り出す。
取り出したそれに、筆を走らせる。
カリカリと一定のペースで休む事なく書き綴られる物語。
自分の頭の中にあるストーリーを、筆に込める作業はアリスを夢中にさせた。







どれ位書いただろう。
アリスは、ふと顔を原稿用紙から離した。
先程まで青く澄み切った空が、真っ赤に染まり日も落ちかけていた。
慌てて自分の腕時計を見ると、短針が5時を指していた。

(もうこんな時間かぁ。)

大事そうに封筒の中に原稿用紙を入れ、後片付けをし始めた。
―といっても、ペンケースに万年筆を入れるだけなのだが―

「アリス。」

振り向くと、親友が片手を上げこちらに近付いて来た。
アリスも片手を上げた。
「よう火村。何しに来たん?」
「図書館に、野菜買いに来る奴がいるか?」
よく見ると火村は、片手に2・3冊本を抱えている。
「いるかも知れん。それが今日の夕飯の材料か?」
食べごたえがありそうだと、おどけて言った。
「おいおい。」
「冗談やて。」
アリスはクスクスと笑った。
火村もそれにつられて笑った。


「アリス、もう帰るのか?」
「あぁ。」
「それじゃあ、少し待ってて来れ。これ借りてくる。」
そう言って、持っていた本を少し高く上げた。
「あぁ、分かった。」
火村が本を借りた後、二人は並んで帰った。
その間、アリスの小説の話、最近出来た古本屋の話、教授が厳しいとか、レポートがまだ完成しないなど他愛もない話ばかりをした。
アリスはその時間がとても楽しかったし、火村も同様だと思っていた。





・・・これから起こる出来事にアリスはおろか、火村でさえ気付きはしなかった。






―――二人の関係が崩れ去るまで、後×××日。