“好き”という感情を相手に伝えるには、沢山の方法がある。
しかし、“好き”という感情を伝えない為には、黙って自分の気持ちを押し殺さねばならない。
それが最善にして唯一の方法だ。


例えそれが、一生続く苦痛であっても。


それを選択する奴に同情するね。
頑張れよ、我が愛しの友人。





阿呆と鈍感と傍観者





最近、火村の様子がおかしい。
いや、正確に言えば“元からおかしい奴だったがもっとおかしくなった”。
講義中はボーッと窓の外を見てるし、(それで頭良いんだから腹立つな)俺が何度話しかけても気付かない。
そういや一昨日は、煙草に火を点けるのを忘れて、気付かずに1時間吸ってたな。
その前は、コップと間違えて灰皿に水入れて飲もうとしてた。
とりあえず、最近の火村はおかしい。
何というか・・・そう、恋煩いみたいな・・・。















・・・・・・・・・ちょっと待て。
“恋煩い”?
まさか、あの火村が恋煩い?
自分で言っといてなんだが、冗談だろ。
“女は性欲処理の道具”“使い捨てカメラよりぞんざいに女を扱う”あの火村が恋煩い?
有り得ない。
そんな事が本当なら天変地異が起きて、1999年のノストラダムスの大予言が一足先にやって来ちまう。




・・・でも、そう思うとあの奇行も納得なんだよな。
100%有り得ないけど。






俺が心の中で葛藤している時―後で気付いたが、何で俺が火村の事で悩まなきゃならんのだ―当の火村は、誰かを探してるらしくキョロキョロと辺りを見回していた。
よほど大事な相手なのか、火村は俺が今まで見た事ない位必死に探していた。
周りの女の子達が、期待と羨望の眼差しで火村を見ている。

全く、顔の良い奴は羨ましいよな。
例え女を使い捨てにする酷い男でも顔が良いだけで、彼女が次から次へとポコポコ出来る。

しかし、火村はそんな女の子達の眼差しを無視して、裏庭に一直線に向かった。
どうやら、目当ての相手を見つけたようだ。
誰だろう。















・・・なんだ。有栖川か。
俺はてっきり、火村の彼女かと思ったんだけどな。
あんなに必死に探していたから、何処の妖艶な美女かと期待してたんだが、まさか“ミステリ馬鹿のアリスちゃん”だとは。
おーおー、火村もこっちの気も知らずにあんなに楽しそうに笑いやがって。
彼女(の一人)といる時でも、あんなに楽しそうには笑わないんじゃないか?
あんなに・・・















・・・何で、俺って勘がいいんだろう。
時々嫌になるな。泣けてくる。
たった今、気付いてしまった。
“火村の恋煩いの相手は有栖川”だ。
じゃなきゃ、あんなに必死になって探さないしあんなに嬉しそうに笑わない。
だけど、あの調子じゃ火村自身も自分の気持ちに気付いてないな。
まぁ、賢い火村の事だから遅かれ早かれ気付くとは思うが・・・。





あっ、有栖川がこっちに気付いた。
「おーい。」
あーあー、火村が睨んでる。
元から怖い顔してるんだから、睨まないで欲しいな。
蛇に睨まれる蛙の気持ちがよく分かる。

「何だよ、有栖川。」
「今から火村と図書館行くんやけど、君も行くか?」
「行かない。今日はバイトがあるんだ。」
「そっか。じゃあな。」

・・・あーあ。今日図書館に行くつもりだったんだけど、彼奴等と一緒に行くわけにもいかないよな。
一応火村の友人として、野暮な事はしたくない。



でも今日返却しないと、司書のおばちゃんに怒られるかなぁ。



まぁ、いいか。
馬に蹴られて死ぬよりは、幾分かマシだ。