「好きだ。」



その3文字を言う為に、わざわざ今まで築いた関係を壊す必要があるか?
その3文字を言う為に、親友に軽蔑と拒絶の目を向けられる覚悟が俺にあるか?





答えは“No”。
だから、俺は言わないんだ。
言っても結果は見えてるし、未来永劫言う気もない。




これが、親友にしている唯一の秘密。






純粋培養の恋心






講義が終わり、さっさと帰ろうと廊下を歩いていると、誰かに肩を叩かれた。
振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたアリスがいた。
「やあ。」
「よう。」
「もう今日は終わり?」
そう言いながら、アリスは俺の隣に来た。
俺達は、廊下を歩きながら会話を続けた。
「あぁ。アリスは?」
「俺も。一緒に帰ろ。」
さっきの笑顔が太陽に輝かしいモノだとすると、ふんわりと花の様に微笑うアリス。


俺は、煙草を取り出し火を点けた。
いわば、これは精神安定剤。
綺麗過ぎて、純粋過ぎるアリスを汚したくなる衝動を押さえるクスリ。


・・・だが、かなり効果は薄い。

「OK。・・・あっ。」
「どうした?」
「忘れ物した。」
俺は、歩く足を止めた。
アリスも、歩く足を止める。
「えー、何処に?」
「多分、教室。悪い、すぐ取ってくる。」
「分かった。ここで待ってるな。」
俺は、走ってさっきの講義の教室に向かった。




本当は忘れ物したんじゃない。




あのまま二人でいたら、俺はどうにかなってしまいそうだった。
どうにかなっても構わないと思ってしまった。


だから、アリスから逃げた。


逃げられれば、何処だって良かった。



自覚してしまった恋心は、“友情ごっこ”には邪魔なだけ。



一生、隠すんだろ。
アリスに嘘をつき続けるんだろ。
どうせ、大学を卒業したら会わなくなるんだ。
“友情ごっこ”位、簡単にやってみせろよ。


「・・・クソッ。」


誰もいない教室で、自分を奮い立たせる筈の言葉に悪態をつく。
椅子を蹴った音だけが、やけに響いて聞こえた。

「滑稽だな・・・。」


精神安定剤の役割を失った煙草の煙が、上昇してすぐに消えた。





悪いな、アリス。
でも、あれだけは言えないんだ。
あの忌まわしい3文字だけは。