ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。





君を好きでいて、ごめんなさい。










分かりきっていた事実に現実逃避










朝、火村が1時限目の教室に入ると、この世の終わりのような顔をしたアリスが、一番奥の席に座っていた。
酷い顔のアリスに近付く友達はいなく、ただ遠くで心配そうに見ているだけだ。
火村は、黙ってアリスの隣へ座る。
ペンケースを鞄から取り出すと同時に、アリスが声をかけた。


「火村。」


アリスの落ち込んだ声に、無関心そうに答える。


「何だよ。」
「別れた。」
「誰と?」
「カノジョ。」


言った途端、アリスは机に突っ伏した。
落ち込んだアリスとは逆に、火村は密かに口唇を上げた。

いくら、自分とは結ばれないとは分かっていても、あの独占欲の強い彼女と別れたのは嬉しい。
アリスにあの女は似合わない。
もっと良い女がいる筈だ。


「振った?」
「振られた。」
「あー、何で?どうして?俺のナニがいけなかったのかな?」


火村に話したら、少し気が晴れたのか品のない洒落を言う。


「俺が知るかよ。」


火村が低く笑うと、急にアリスは火村の肩に手をかけ自分の方にに引き寄せた。


「火村、飲もう。なっ。飲んで忘れよう。」
「飲んで忘れたいのは、お前だけだろ。俺には関係ない。」
「ひーむーらー。頼むからー。」

アリスが体重をかけると、火村はアリスを押し返す。
機嫌が良くなったアリスを見て、火村は安心した。



やはり、落ち込んだアリスは見たくないから。














安い居酒屋のカウンターに並んで座る火村とアリス。
火村のジョッキはまだ7分目なのに、アリスのは既に空っぽだった。
やはり、朝のやり取りだけではショックから立ち直れないらしい。


「最悪やー。」
「はいはい。」


大声で喚くアリスを横目に、火村は焼き鳥を食べる。


「彼女には振られるし、男には告白されるし。」
「えっ?」
「ああ、言ってなかったっけ?昨日、知らない男から告白されたんや。」
「へえ。」


冷静を装ってはいるが、内心は動揺していた。





「『ずっと前から見てました。』」


そんなの、俺の方が見てきた。

近くで、

ずっと前から。


「『好きです。』」


好き?

俺は愛してる。

お前を大事にしたいし、
メチャクチャに壊したい。

いつも、そう思っていたさ。


「『付き合ってください。』」


そんな夢みたいな事、望んでない。
こんな黒くてドロドロした感情を見せないで、一生お前の側にいたい。

“親友”という立場だけで十分だ。





「・・・だって、気持ち悪い。」
「ふーん。」

自分が“気持ち悪い”と言われたようで、吐きそうになった。
アリスに否定される事が、こんなに堪えるなんて思ってもみなかった。
ジョッキを持つ手も、微かに震える。

「可愛い女の子に告白されるならまだしも、男やで男。」
「災難だったな。」





堪えろ。
まだ、アリスは気付いていない。





「せやろ?だから俺『気色悪いわ、ボケ!』って言って逃げた。」
「・・・。」



“気色悪い”。
やっぱり、男が男を愛するのは“気色悪い”事なのか。



「火村?」


俯き涙を堪える火村に、やっと気が付いた。


「あぁ、悪い。」
「人が話してる最中なのに・・・あっ、思い出した。」
「何を?」
「あいつ、いつも電車が一緒の奴やん。うわぁー、毎日変な目で見られてたかと思うとゾッとするわ。」










じゃあ、俺の気持ちに気付いたらお前はどうするのかな?











つくねを食べながら嫌そうな顔をするアリスに、自嘲する。


「気持ち悪い?」
「気持ち悪い。」

「気色悪い?」
「気色悪い。最悪や。」
「そうか。最悪か。」


手に入らないと知ってはいるものの、否定されるのは辛い。
アリスに振られた可哀想な男と自分を重ね、火村は心の中で泣いた。










―――既に、火村の中で何か大事なモノが、ぷっつりと切れていた。