思いの丈・A





思い出したくもないあの日から、3日が経った。




あの日以来、アリスは火村に会う事が怖くなっていた。
親友だと思っていた相手から、思いがけない言葉と行為。
思い出しただけでも吐き気がする程、それらには嫌悪感を抱いている。





火村が発した愛の告白も、

アリスを見つめる熱っぽい眼差しも、

身体中を撫で回した手の感覚も、





ただ気持ちが悪いだけだった。





強姦未遂の相手に罪悪感もなく、のこのこと会えるふてぶてしさを火村が持っていなかったのが救いである。







―――火村に会ったら、どうなるか分からない。







アリスはそれが怖かった。




泣き喚くのか、
怒り狂うのか、
それとも火村を許してしまうのか、




自分でもどんな行動を取るのか、分からない。

親友を失いたくないが、その親友が怖くて堪らない。
だから、この状況から逃げるのだ。
いつか、時間が全てを解決してくれる事を祈りつつ・・・


















アリスは、いつものように階段教室の1番後ろに陣取り、執筆し続けた。
講義内容は一切耳に入ってこない。
聞こえるのは、原稿用紙の上で走らせるペンの音だけだ。



勿論、隣には誰もいない。


「よう、有栖川。」


誰かに声を掛けられ、原稿用紙から目を離した。
どうやら講義は終わったようで、ゾロゾロと他の学生が帰っていく。
隣には、アリスと火村の共通の友人が立っていた。


「やあ。」
「あれ、火村は?」


キョロキョロと当たりを見回し火村を探す彼に、アリスは苦笑しながら答えた。


「今日一緒やないねん。」
「ふーん。珍しいな、有栖川が火村から離れるなんて。」





“有栖川”が“火村”から



端から見ればそう思うだろう。
否、あんな事がなかったら自分だってそう思っていたかもしれない。





いつも無愛想な火村にくっ付いていたのは、アリス。
他人に無頓着な火村の親友に無理矢理なったのは、アリス。
もしかしたら、親友と思っていたのは自分だけで、実は火村にとっては“その他大勢”と一緒じゃないかと女々しい事で悩んだ時期もあった。





2人を知る人間なら、友情としての思いの丈はアリスの方が大きいと思うはずだ。







「・・・そうやね。」







実際は、友情どころか愛情を間違った形で与えられたのだが、この友人には全く関係のない事だ。
多くは語らず、ただ肯定の返事だけをぼそりと呟いた。


「どこ行ったか知らないか?」
「さあ?分からん。」
「そうか。ありがとう。」


片手を上げ、出口から出ていく友人を目で見送る。
気付いたら教室には自分だけしか居らず、静寂がやけに耳についた。
それを振り払うように机の上に書き散らかした原稿用紙を一心にかき集め、帰る準備を始めた。









ふと窓の外を見ると、黄色く色付いた銀杏が一枚風に吹かれて舞っていた。