―――もう君に会えないと思うと、心がグシャグシャに踏み潰された気持ちになる。








「サヨナラ」と君に言った








「来るな。来るな。来るな!!」




アリスの口から放たれる拒絶の言葉。
火村は、胸が張り裂けそうな思いで、しゃがみ込んだアリスを見つめた。


「アリス。」


名前を呼ぶ事しか出来ない自分に嫌悪する。



本当は、その華奢な身体を抱き締めたい。

頭を撫でて安心させたい。

「大丈夫だ。」と声をかけてあげたい。





―――全ての恐怖から、守ってあげたいのに。





恐怖の対象が自分だという事に、泣きたくなる。
守りたいと思う相手を逆に傷付けた事に、酷く落ち込む。


火村は、知らず知らずの内に拳を強く握り締めていた。



「・・・くれ。」


先程まで震えていたアリスが、突然口を開いた。
あまりにも小さな言葉に、火村は聞き返す。


「えっ?」
「閉めてくれ!早よう、閉めてくれ!」


一度も聞いた事のないアリスの怒鳴り声。
いつも穏やかな彼にしては、珍しい。

火村は、急いで部屋のドアを閉めた。


「大丈夫か?」


嗚呼、何て拙い言葉なのだろう。
腹の底から振り絞っても、こんな陳腐な言葉しか出せない。


「ああ、なん・・・とか・・・な。」


息が切れ、言葉が絶え絶えになり、微かに胸から呼吸音が聞こえる。
顔は青ざめ、辛いのが容易に分かった。


「悪かったな。変なとこ見せて。」


フラフラとおぼつかなく立つと、火村に笑ってみせた。
だが、それは火村が今まで見た事のない悲しい笑顔だった。


「いや、俺の・・・」





「もうここには来ないから。」


火村の言葉を遮ると、クルリときびすを返した。
もう、火村からアリスの顔は見えない。








「これが最後や、火村。」








段々と震える声。

こんな筈じゃなかった。
こんな風になるなんて思わなかった。
信じられない結末に、今でも驚いている。








「サヨナラ。」




「・・・さようなら、アリス。」








アリスは、振り返る事のないまま下宿から出て行った。
アリスが見えなくなった後も、火村は唇を噛み締め、階段を見つめていた。








アリスは走った。

1秒でも早く、あの下宿から遠ざかる為に。
火村から遠ざかる為に。
あの忌まわしい部屋から遠ざかる為に。



なのに、火村の事ばかり考えてしまう。


―どうして、俺は火村の家に行ったの?

―どうして、こんなにも涙が溢れてくるの?







「っ・・・火村ぁ・・・。」





呟いた声はあまりに小さくて、烏の鳴く声にかき消されてしまう。

頭の中は、火村の事でいっぱいでこのままだときっと破裂してしまう。





「火村ぁ・・・。」


いくら呼んでも二度と現れてくれない彼を、この時初めて愛おしいと思った。








―――それは、落ち葉の舞い散る季節の事だった。