教室に入ると、火村を探してしまう。

いつの間にか、火村の姿を目で追ってしまう。

誰かの前で火村が笑うのが、とても悔しい。

火村の近くに居れない事が、歯痒い。






「・・・であるから、えー、この場合は・・・」






壇上の教授が話している事も、頭に入らない。
目はいつも火村の横顔を捉えて、彼を見ていると胸が苦しくなる。




遅過ぎる自覚。
押し倒されて、拒絶しなければ分からなかった自分の気持ち。
もう少し早く分かれば、こんな事にならなかったのかな。




「愛してるよ、アリス。」




あの夜、アイツが耳元で囁いた言葉が頭を渦巻く。

本当に?
今でも、俺を愛してる?

自分から離れておいて、何て厚かましい。
でも、一番聞きたいんだ。
でも、口にするチャンスは来るわけがない。




終わりのチャイムが、教室中に響く。


「じゃあ、今日はここまでにしよう。」


教授の言葉を合図に、一目散に火村の元に向かう。
でも、火村は俺に気付かず教室を出て行こうとする。


「火村。」


呼んでみても、俺の方を見向きもしない。




―――ああ、もう無理なんだ。


君にとって俺は、既に石ころ以下の存在。
気に留める価値もない。



俺は、その場に立ち尽くし出て行く火村を見送った。











存在











アリスを視界に入れたくない。
俺がいないところで可愛らしく笑っていたら、俺は嫉妬で狂い暴れるだろう。
拒絶されても諦めきれないなんて、何て女々しい。




「・・・であるから、えー、この場合は・・・」




壇上の教授の講義に集中しないと、アリスを目で追ってしまいそうになる。
退屈な講義も、アリスと一緒の空間に居れる手段なら利用しない手はない。




何て卑怯で狡いのだろう。
あんな事までやっておきながら、その上まだお前にしがみつこうとする。




「火村ぁ・・・ヒック・・・もう・・・止め・・・」




あの日のアリスは、今まで抱いたどの女よりも綺麗で、正直あのまま壊しておけば良かったとさえ思ってしまう。
こんなドロドロで醜い中身を、アリスに見せずに済んだと思えば、逆に良かったのかも知れない。




「じゃあ、今日はここまでにしよう。」


教授の非情な言葉が、アリスと一緒に居られる時間の終了の合図。
これ以上アリスの傍には居れないと、急いで机の上の物を鞄に押し込む。


「火村。」


俺を呼ぶアリスの優しい声が聞こえた。
この声を毎日聞いていた日が、とても懐かしい。




どうやら幻聴が聞こえる程、俺の頭はおかしくなったらしい。










―――嗚呼、イっちまってる。


幻の声に自嘲の笑みを浮かべ、早々と教室を出た。