火村がいないあの部屋の床の上で、アリスは白い封筒を見付けた。
左上が赤く染められたそれの宛先は、自分だった。








愛しい者からの手紙








有栖川有栖様へ


貴方にこんな手紙を書く日が来るなんて、思ってもみませんでした。
でも、これだけは伝えないと死んでも死にきれません。
どうか、死に行く哀れな男の戯言を最後に聞いてください。
あの夜、私がした事は許されない事だし許して貰えるとも思っていません。
人として最低の行為をしたと思っています。
獣と罵っても構いません。
それほど、貴方に酷い事をした自覚はあります。
でも、止められなかった。

醜く汚らしい私の本性を知り、軽蔑した事も分かっています。
それでも、貴方に伝えたかった。
けして、純粋で美しい感情ではないけれど、貴方を愛しています。



どうか、せめて貴方を愛し焦がれた馬鹿な男がいた事だけは忘れないでください。


火村英生








アリスは血が付いた封筒を開け、中の便箋を読む。
綺麗で久しく見ていなかった文字で綴られた言葉。
文字を追う度に、自然と涙が溢れる。


「そんなん狡いわ。」


便箋にポタリと、一粒の涙が落ちた。
アリスは流れ出る涙を止める事をせず、嗚咽を繰り返す。


「俺が阿呆みたいやんか。」


床にしゃがみ込むと、丁度膝のあたりに火村が流した乾いた血が広がっていた。


「火村・・・。」


便箋を胸に握り締め、一人泣き続ける。





嗚咽から途切れ途切れに火村を呼ぶ声に、誰も答えなかった。