きっと大丈夫
火村がドアを開けると、そこには親友兼恋人が俯いたまま立っていた。
連絡なしに研究室に来る事自体珍しいが、こんなに落ち込んだアリスも珍しい。
「どうした。暗い顔して。」
アリスを迎い入れ、応接用のソファに座らせた。
火村は、その向かい側に腰掛ける。
「もう、何もかもがどうでも良くなった。」
ぽつり、と独り言を言うように呟く。
急なアリスの言葉に、首を傾げる火村。
「トリックは思い付かんし、〆切あと2週間しかないし、冒頭だけ書こうと思っても20ページしか書けてない。」
深い溜息を吐き、頭を抱えた。
ああ、またか。
そう言うかのように、火村は困った顔をする。
「アリス。」
火村は立ち上がり、アリスの隣へ座る。
「ん?」
両手を広げ、柔らかく笑む。
「おいで。」
「うん。」
アリスは、火村の肩口に顎を置き、背に手を回す。
火村も片手を背に回し、もう片方の手でアリスの頭を優しく撫でた。
サラサラとした触り心地のよい髪に、笑みが深まる。
「アリスなら、大丈夫だ。」
「でも、」
バリトンの声で優しく耳元で囁くと、アリスの否定的な言葉。
背に回された手も、火村のワイシャツを掴み震えていた。
火村は、撫でていた手をアリスの頭に添え、力一杯抱き締める。
「大丈夫。俺が保証する。アリスは、良い小説が書ける。」
「本当?」
「勿論。」
アリスの手にも力が入り、二人は互いを思い切り抱き締めた。
胸いっぱいに広がる恋人の匂いが、心地好い。
このまま、ずっと抱き締め合えていたら、と強く願った。