胡蝶の夢は真実になる




日が天辺まで登った頃。

ようやく、家主であるアリスが起き出して来た。
寝癖だらけの頭のまま、ぼんやりとリビングのソファに座る。
昨日から有栖川宅に泊まっている火村は、親友の情けない姿に苦笑するしかなかった。


「おはよう、アリス。」

「今何時?」

「11時。随分寝てたな。」


火村はソファから立って、台所で珈琲を淹れる。
香ばしい匂いが、アリスの鼻腔を擽った。


「昨日、徹夜で書いてたから。」


マグカップを両手に持って、台所から戻って来た火村。
片方のマグカップをアリスに差し出し、自分のカップをテーブルに置いた。
火村からカップを受け取ったアリスは、息で珈琲を冷まし、一口啜る。
目は若干焦点が合っていない。


「なあ、火村。」

「んっ?」


火村は、マグカップを持って温度を確かめる。
それに夢中で、アリスの話はあまり耳に入ってないようだ。


「俺な、変な夢見た。」

「へえ。」


火村が生返事しか返さないので、アリスは勝手に話を続ける。


「あのな、俺が火村に惚れてんの。」


アリスの発言に、火村は持っていたマグカップを落としそうになった。


「危ないな。」

「だったら、吃驚させるなよ。」


抗議の声には、都合良く耳を閉じて話を続ける。
その顔は、どこか嬉しそうだった。


「そんでな、夢の中で俺は火村に告白するんや。「誰よりも、君を愛してる。」って。」

「夢の中の俺は、どう返した?」

「笑って…」

「笑って?」


アリスは火村を見つめ、にこりと笑ってみせた。


「そのまま、目が覚めた。」

「惜しかったな。」

「何で?」

「良い返事が聞けたかも知れない。」

「君の事やから、笑顔で罵倒するかもしれんよ。」


小さく声を出して笑うアリスに、火村もつられて笑う。

「しねえよ。」

「どうだか。」


アリスは、夢の話を喋って満足したのか、美味しそうに珈琲を飲む。
火村の悲しみを帯びた眼差しに、気付かないまま。






笑っているけど、



冗談の振りをしているけど、



それが真実になるなら、と恐ろしい事を思うのです。