精神の死とカレー屋についての検証




「俺は、死ぬ。」


突然のアリスの言葉に、火村は読んでいた本から頭を上げた。
また、推理小説家が突拍子もない事を言い出した、と内心呆れている。


「お前だけじゃねえよ。人間は、いつか必ず死ぬんだ。」

「そうなんやけど・・・俺が言いたいのは、そうやなくて、」


歯切れの悪いアリス。
指を立ててくるくる回し、自分の心情に合う言葉を探している。


「何だよ。」

「うーん。何というか、俺という肉体は勿論死ぬんや。それは間違いない。」

「ああ。」

「でも、俺の気持ちというか、精神というか、魂は肉体の前に死ぬ気がする。それも、体より随分先に。」


眉をひそめる火村。


「それで、俺は死ぬ、か。」

「うん。」


言いたい事を言えて満足したのか、心なし顔に微笑を浮かべている。
それとは対称的に、どこか顔が苦々しい火村。


「何故、突然そんな事を思ったんだ?悪い物でも食べたか?」

「食べるか、阿呆。何となく、この生活が変わって・・・」

「変わって?」

「君が結婚して、今みたいにこうやって気軽に会えないのかと思ったら、そういう結果に至ったんや。」


火村は、親友の言葉を上手く飲み込めず、黙ってしまった。


「・・・お前、俺の事好きなのか?」

「そりゃあ、嫌いな奴とはこうして一緒におらんやろ。」

「いや、そうじゃなくて恋愛感情的な意味で。」

「阿呆か。自惚れるなよ。」


アリスが吐き捨てるように言うと、火村は大袈裟に安堵してみせた。


「だよな。てっきり、アリスが遠回しに告白してるのかと思ったぜ。」

「呆れた。」


そう言いつつ、アリスの顔は笑みを作っている。
つられて、火村も笑う。


「でも、俺がいないとアリスが死ぬっていうのは分かるな。俺もそうだ。アリスがいないと、俺も死にそうだ。」

「気持ち悪。」

喉の奥で笑うアリス。
火村は、笑うな、と言わんばかりにアリスの頭を軽く叩く。

「お前が言い出したんだろ。」

「そうやけど、お前が言うと鳥肌が立つわ。」


何がツボに入ったのかは分からないが、含み笑いを繰り返す。
次第にその声が大きくなり、最終的に涙を流しながら大声を出していた。
笑われた方は、堪ったものじゃない。


「お前な・・・。」

「ああ、可笑しい。なあ火村。こういうの何て言うんやったかな。」


一頻り笑ったアリスが、涙を指の腹で拭う。


「何が?」

「テレビでやってたんや。えーと、ほら、」

「何だよ。」

「思い出した。ココイチ!」

「カレー屋だろ、それ。」

火村にツッコまれたアリスは、納得いかない様子で首を捻った。