さよなら、スピカ









茹だる様な暑さの中、アリスは火村の下宿で大の字に寝転んでいた。
年代物の扇風機の風が心地よい。


「もう夏も終わるな。」

「暦の上じゃ、もう秋だけどな。」


アリスの独り言に返事したのは、この部屋の主だった。
両手に麦茶が八分目まで注がれたコップを持って、アリスの元へとやって来る。
コップをテーブルに置くと、アリスの足下に腰を下ろした。


「そうか。もう秋か。何だかそう思うと嬉しいな。」

「嬉しい?」


突然、小さく声を出して笑うアリスに、目をやる。
薄ら汗を掻きながら寝転ぶアリスは、どこか煽情的だ。
良からぬ欲望が出てしまいそうな、どこか色っぽさがある。
火村は、アリスの肢体に触れたくてたまらない衝動を抑えた。


「だって、また君と季節を跨いだから。冬も、その次の春も、ずっとずっと一緒に居れたら良いなあ。」

「アリス、そういう事は俺じゃなくて彼女に言え。」


取りようによっては、愛の言葉にも聞こえる。
しかし、アリスはそんな事思っている筈もない。
ただ純粋に、親友と一緒に居たいだけなのだ。
それを知っている火村は、困ったように笑うしかなかった。


「何で?」

「何でもだ。」


火村は、手を伸ばして麦茶を取る。
一口飲むと、冷たさが喉に一瞬通過した。


「そんな事言ったって、俺今彼女居らんしなあ。」

「おい。この前言ってた、夏子ちゃんだかはどうした。」

「振られた。忘れてたのに思い出させるな、阿呆。」


アリスも上半身を起こして、テーブルの上の麦茶を飲む。
美味しそうに飲むアリスの喉の上下を見て、また情欲がそそられる。
こんなにもアリスの言動に欲を出していては、冬まで一緒に居られるか危うい。
我慢する事が、こんなに辛い事だったなんて思いもしなかった。
火村は、そう思って苦笑する。








もうすぐ夏も終わる。





さよなら、スピカ。
また逢う時も、二人で逢えると良い。